跳べ

目の前の椅子をぴょんと飛び越え、
その先に見える部屋へと駆け込む。
オレの中の明確なヴィジョンは、
数歩先の世界を捉えて放さない。



別に椅子を飛び越える必要性はなかった。
むしろ、夜勤中の体力は少しでも残しておきたいのが現状だ。
はたから見れば、確実に無駄な行為に見えるだろう。

だが、オレは飛ばねばならなかった。
気持ちの高ぶりがおさまらない。
飛び越えることによって
テンションがワンランク上昇するのではないか。
そんな自己満足のため飛ばねばならなかったのだ。



椅子は木製で高さは３０～４０cmといったところか。
背もたれがついており、それを含めれば高さは倍になる。
しかし、今回飛び越えるのは座面の部分だ。
さすがに背もたれまでは飛び越えようとは思わない。
片足をハードル走選手のように「くの字」に曲げれば、
いとも簡単にまたげてしまう。

ただ、



颯爽と走り去る姿に酔いしれることが出来れば、
この場は満点だった。





目の前に椅子が迫る。
スピードと気持ちが全身に乗ったオレは、
ここぞとばかりに飛び越える。



・・・と、同時に右膝に激しく鈍い痛みが走った。



まさかの失敗。

まさかの木製の椅子に膝蹴り。



オレの頭にある事実がよぎる。










三十路まで１ヶ月を切ったんだなぁ・・・と。



もう、以前のようには・・・いかない。